人工透析

虚空をみつめているようだった。天井の視界はとても狭く、周りの騒音は何も聞こえない。多発性骨髄腫の前の記事(6月22日)で書いたように、とりあえずの危機を脱してICUから重症者用個室に移ったが、高カルシウム血症による腎不全は未だ予断を許さない。しばらく人工透析を受けることになった。病室でがんじがらめの状態だったので、ベットで移動するのは嬉しかったが、透析室に行くと、さらにがんじがらめとなった。他の患者さんがいるので個室にいる時のように音楽やニュースを聞かせてもらうこともできず、虚空を見つめることになったのだ。寝ようと思ってもなかなか寝れない。病室では朝から夜まで何もできないから、そもそも疲れようがないのだ。それでも我慢して、毎日だいたい4時間から5時間透析を受けたが、もう我慢ならず、医師に悪態をついてしまった。悪かったと思う。透析の結果は良く、腎臓はだんだん安定してきた。この体験で人工透析患者がいかに苦労しているかよく分かった。自分は50歳を過ぎるまで、大病をしなかったが、単に運が良かっただけなのだ。人はやはり経験して学ぶ。日本では透析患者が三十万人以上いるそうだが、辛い気持ちがよく分かった。私の場合、腎臓がつぶれなくて良かった方だ。一生透析を受けなくてはならない患者さんもいる。数日間で透析は終わったが、苦難の日々はさらに続く。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次の記事

痛みとの闘い